王子と庭師

2003年8月10日 メモ
 庭師が城の前庭で黄金の花を剪定していると、王子がやってきました。
 王子は庭師が大切そうに切り取った枝を抱き抱えているのを見て、言いました。
「何をしている」
 庭師はパチリとはさみを閉じて、王子の前に畏まりました。
「花の枝を切り取って、来年もまた美しい花が咲くようにしてございます」
「ではそれは無駄な枝が」
 王子は庭師が抱き抱えた花の枝を示しました。
「よりよい花を咲かす為に切り取ったのです。けして無駄ではありません。この花はこのお城での役目を終りましたが、まだまだ他に働き所がございます」
「それはどんな所だ」
「お城の召使達の食卓を飾る役目がございます」
「ではそれが終ったら無駄か」
「いえいえ。花が枯れてしまったら、それを土に混ぜて肥料にし、新しい花を割かせる為の栄養になる役目がございます」
「それを一つ、これへ」
 王子は花の枝を望みました。
 庭師がうやうやしい手つきで、とりわけ美しい一枝を差し出します。
 王子はその枝を見遣り──、地面に叩きつけました。
 そのまま何度も土になすりつけるように踏みにじります。
 黄金の花は見る間に汚れ、その代わりに馥郁とした香りが辺りに立ち昇りました。
 王子はその香りに浮かされたように、強い力で花を踏み続けました。
 豪奢な衣装の内側で痩せた肩を怒らせ、青白い顔に目ばかりを爛々と光らせて。
「こんなもの! ただの花だ。何の役に立つ!」
 金糸の縫い取りがされた靴の下で、黄色い花がひしゃげてゆくのを、庭師は黙って見ておりました。
 やがて、ハアハアと息を切らせて王子はようやく足をどけました。
 そこには、柔らかい庭土に平べったく埋め込まれたようになっている花の枝がありました。
 王子は愉快そうにかん高い笑い声を上げると、その場を去ろうとしました。
 その時、庭師が静かに手を伸ばすのが見えたので、立ち止まって振り返りました。
 庭師は悲しい様子も怒った様子も無く、土に同化した枝を大切そうに拾い上げました。散った花びらも一つ一つ、丁寧に広い集めました。
 ふと、庭師は最後の花びらを香るように口元に寄せました。
 それは何かとても崇高な物を扱うような仕草でした。
 王子は顔を歪ませ、庭師の元に駆け戻ってきました。
「やっぱり、その花が欲しい! その花をよこせ!」
 王子は激しい情動の名残で、目元を赤くしながら言いました。
 庭師が新たに美しい一枝を選び出すと、
「それじゃない。お前が拾い上げた、その枝がいい」
 と言いました。
 庭師はただ静かに汚れて花びらも落ちた枝と、新たな美しい一枝を揃って差し出しました。

 雨の降った翌日、水溜まりに黄金の花をつけた枝が二つ、打ち捨てられていました。
 庭師は静かにそれを拾うと、大切そうに抱えてゆきました。

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